お寺で「親子の放課後」

先日、お寺を会場に、子育て世代の交流会が開かれました。

子どもたちがおもちゃで遊んでいるすぐそばで、大人たちは麻雀卓を囲んでいます。

麻雀をしている人もいれば、子どもたちを見守っている人もいる。そして、しばらくすると交代する。

子どもたちは子どもたちで遊び、大人たちも自分たちの時間を楽しんでいる。

でも、決して別々に過ごしているわけではなく、同じ空間にいながら、みんなで子どもたちを見守っている。

その様子を見ながら、「こういう時間って、いいな」と思いました。

子育てをしていると、どうしても「お父さん」「お母さん」として過ごす時間が多くなります。

でも、親になっても、一人の大人として遊んだり、好きなことをしたり、誰かと笑ったりする時間は大切です。

私が関わっているこのコミュニティでは、フットサルやバレーボール、音楽、麻雀など、いろいろな活動が行われています。

私自身は、こういう場所を「社会人の放課後」のように感じています。

仕事が終わったあとや、家庭での役割から少し離れて、好きなことを通して人と出会い、一緒に遊んだり話したりする。学生時代の放課後のような時間が、大人になってからもあっていいのだと思います。

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お寺の開かれ方を考える

今回、もう一つ感じたのは、こうした集まりがお寺で開かれることの面白さです。

「お寺にお参りください」「仏教のお話を聞きに来てください」と呼びかけても、特に若い世代にとっては、お寺はまだまだ馴染みのない場所だと思います。

でも、「友だちと麻雀をしに来た」とか、「子どもを遊ばせに来た」とか、「音楽を楽しみに来た」とか。そんな理由なら、もっと気軽にお寺に来てもらえるかもしれません。

最初から仏教に関心がなくてもいいと思っています。

まずは、お寺に来たことがある。
本堂で過ごしたことがある。
そこで誰かと出会って、楽しい時間を過ごしたことがある。

そんな経験が一つでもあれば、お寺は「何か特別なことがあった時だけ行く場所」ではなく、少し身近な場所になっていくのではないでしょうか。

そして、いつか何かに悩んだ時や、人生について考えた時、大切な人との別れを経験した時に、「そういえば、あのお寺があったな」と思い出してもらえたら、それでいい。

そこから仏教の言葉に出遇うこともあるかもしれません。

お寺の敷居を下げるというと、少し軽いことのように聞こえるかもしれません。

でも私がしたいのは、仏教そのものを軽くすることではなく、仏教と出遇う「きっかけ」を増やすことなのだと思います。

大人になっても、放課後があっていい。
親になっても、放課後があっていい。

そして、その場所がお寺でもいい。

今回の集まりを見ながら、こんなお寺の使われ方が、これからもっと増えていったらいいなと思いました。

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